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ハックニー・ハウス ~ ポップアップからオリンピック・レガシーへ

2016年12月30日  ,

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Hackney House JLGC

現在のハックニー・ハウスの外観(©Dominic French/Hackney Council)

「クリエイティブ産業とデジタル産業の隆盛によって、ハックニー区は、世界一流の最も革新的な企業の幾つかに非常に人気のあるエリアになりました」

ヒア・イースト最高経営責任者(ヒア・イーストは旧ロンドン・オリンピック・メディア・センター)

 

ロンドン東部のハックニー(Hackney)区は、クリエイティビティを地域経済の核に位置付けている。2004年から2012年の間、世界的な不況があったにも関わらず、ハックニー区内の企業数は40%増加した(この期間中のロンドン全体での企業数増加率より17%高い)。ハックニー区内に位置する1万1000の企業のうち、クリエイティブ産業、テクノロジー産業、企業サポートサービスの分野の企業が占める割合は54%に上り、同区内の雇用にこれらの分野が占める割合は37%となっている。しかし、ハックニー区の経済の成功はこうした分野にとどまらず、同じ期間内に、ホスピタリティ産業の企業の数は41%増加した。同区の人口は、2006年から2015年の10年間に26万5000人から31万人に増加している。

2012年のロンドン・オリンピックで、ハックニー区は6つの「ホスト自治体(host boroughs)」の一つであった。ロンドン・オリンピックの主会場であったオリンピック・パークには、ハックニー区内の土地も広くはないが含まれ、ハンドボール・アリーナやオリンピック・メディア・センターが建設された。オリンピックの開催前、ハックニー区の区長らは、区にとってのこの大きな機会を最大限に活用すべく、「ハックニー・ハウス」を設置することを決定した。これは、区内の産業のプロモーションを目的として、オリンピックの期間中、同区のショーディッチ地区に広さ約1000平方メートルの仮設の施設を設置するというものであった。ハックニー区に含まれるオリンピック・パーク内の狭い土地の中ではなく、シティ・オブ・ロンドンの北側にあたるショーディッチ地区が設置場所に選ばれた。

同区の計画は、オリンピックの開催に合わせ、ハックニー・ハウスで、同区を拠点とするクリエイティブ産業、テクノロジー産業及び文化セクターなどを国内外からの訪問者や投資家に紹介することであった。しかし、最初の設置から4年が経ったハックニー・ハウスをベストプラクティスとして紹介した報告書を発表するため2016年6月に行われたイベントで、同区のガイ・ニコルソン区議会議員(再開発担当の内閣メンバー)が述べていたように、ロンドン・オリンピック・パラリンピック組織委員会やオリンピック担当省であった文化・メディア・スポーツ省は当初、単独でこうした試みを行うというハックニー区の構想に対して肯定的ではなかった。しかし最終的には、政府は計画に賛同するようになり、同区との協働で、「テックシティ(Tech City)」のデジタル産業やテクノロジー産業を紹介する専用スペースをハックニー・ハウス内に設置するに至った(テックシティは、ハックニー区内に位置するテクノロジー産業やデジタル産業、クリエイティブ産業等の集積地区である)。

ハックニー・ハウスでは、オリンピックの期間中、政府によるこの企画を含め、区内のテクノロジー産業、クリエイティブ産業、観光業、ファッション産業、外食産業などを紹介し、投資誘致を図る展示やイベントが行われた。また区内での住宅開発を紹介し、買い手を募るイベントも開催された。施設のオープニングイベントには、同区出身の歌手パロマ・フェイスが出演した。また施設内で行われたエンターテイメントの催し物は、区内に位置する賞を受賞したこともある劇場アルコラ・シアターと共同でプログラムが組まれた。ハックニー・ハウスの運営費用は全て広告及びスポンサーシップで調達し、区の負担はなかった。

 

米国のフェスティバルにも出展、区の産業を海外にPR

ハックニー・ハウスの成功を背景に、同区は米国テキサス州オースティン市と「ビジネス友好合意(Business Friendship Agreement)」を締結した(これは後に正式な姉妹都市提携に発展した)。オースティン市は、クリエイティブ産業やテクノロジー産業が最も急速に発展している米国の都市の一つである。さらにオリンピックの翌年の2013年と2014年、ハックニー区は、オースティン市の「サウス・バイ・サウスウェスト(South By Southwest、SXSW)」と呼ばれるフェスティバルにハックニー・ハウスとして参加した。サウス・バイ・サウスウェストは、オースティン市で毎年開催されているクリエイティブ産業、テクノロジー産業、映画、音楽などの世界的なフェスティバルである。同区は、同フェスティバル参加にあたり、区内の企業が同行できるよう、それら企業のスポンサーを見つけ、渡航費用を調達できるようにした。これら企業は、区のこうした支援なしでは、同フェスティバルに参加できなかったかももしれない。2014年のサウス・バイ・サウスウェスト参加で、ハックニー区の企業は、計1000万ポンド以上の新規ビジネスを獲得することができた

サウス・バイ・サウスウェストに初めて参加した後の2013年9月、ハックニー区は、ハックニー・ハウス運営の経験を基にして、同じくショーディッチ地区に類似の仮設の施設「BL-NK」を設置した。その目的は、ハックニー・ハウスと同様、地域の企業の紹介と、それら企業の成長を支援するため低料金または無料でスペースを貸し出すことであった。ハックニー区は、区の経済的成長から恩恵を受けている土地開発業者と協働するのみならず、地域への貢献を土地開発業者に求めることも重視していると述べており、これまで行われた地域貢献の例として、2015年9月に「BL-NK」がショーディッチ地区内の別の場所に再オープンした際、その建物が、同施設のために地元の土地開発業者が無料で提供してくれた空きビルであったことを挙げている。同施設は現在もこの無料で提供された建物に入っているが、名称は、2016年7月に、元のブランド名を復活させて「ハックニー・ハウス」に変更されている。

 

Hackney House JLGC2

現在のハックニー・ハウスの内部(©Dominic French/Hackney Council)

現在、ハックニー・ハウスは、イベントやセミナー等への会貸出で全ての運営費用を調達している。また、地域の企業を対象に、人事やデジタルスキル等に関して無料でアドバイスを提供するなどの活動も行っている。会場貸出で得られた余剰資金は全てこうしたサービスに投資している。ハックニー・ハウスで行われているイベントには、地域のデザイナーや職人の作品の展示会や、区内の企業が海外からの訪問客や投資家と交流できるネットワーキングイベントなどがある。ハックニー・ハウスに無料で建物を提供した土地開発業者は、このことによって地域で高い評価を得ており、その貢献は、ハックニー区が開催するイベントやハックニー・ハウスに関する区発行の広報資料等でも言及されている。

「ハックニー区が運営するハックニー・ハウスは、ロケーションが抜群で、この地域が持つクリエイティブで起業家精神あふれる気質を体現しています。ですから、ハックニー・ハウスで開催された『オスロ・ミーツ・ハックニー』のイベントに参加した企業は、地域との深いつながりを感じることができ、そのことは、それら企業がハックニー区と長期的で建設的な関係を築くことの助けになっています」ヨハン・ブランド – Kahoot!社及びノルディック・コネクション共同創始者(Kahoot!社は教育用クイズアプリ開発会社。ノルディック・コネクションはロンドンと北欧の起業家の交流・連携の促進を図る団体)

 

オースティン市でのフェスティバルへの出展と同市との交流に続き、ハックニー区は、急速な再開発が進んでいるその他の都市と交流し、情報や経験を共有する機会を探った。その結果、同区は2013、2014年、「オスロ・ミーツ・ハックニー(Oslo Meets Hackney)」と呼ばれるプログラムを実施し、オスロから起業家や市長などを招いてネットワーキングイベントやセミナーなどを開催した。同区は現在までに、海外の地方自治体や企業との交流を拡大しており、交流先にはバルセロナやベルリンなども含まれている。同区は、こうしたパートナーシップによって、地域コミュニティとの経験やアイデアの交換によって社会的利益が得られると共に、ハックニー区と交流先の都市の両方において、新規開業企業数が著しく増えるという恩恵がもたらされると話している。

「オスロ・ミーツ・ハックニーのようなイベントは、企業が自らの経験、知識、学びを共有できる素晴らしい機会を提供してくれる」ガイ・ニコルソン – ハックニー区議会議員、再開発担当内閣メンバー

 

ハックニー・ハウスをベストプラクティスとして紹介した前述の報告書の発表イベントで行ったスピーチで、ニコルソン議員は、ハックニー・ハウスのようなプロジェクトと同様、ネットワーキング作りや企業サポートなどの活動は、「地域経済成長をキュレートする」ための同区のアプローチにおいて不可欠であると述べていた(「地域経済成長をキュレートする」とは、「専門的知識を使って、支援する産業分野と支援の方法を選択する」といった意味)。同報告書では、ハックニーには「ダイナミックで、起業家精神にあふれ、クリエイティブ」といったイメージがあるものの、区は、自分たちがこうした地域のブランドを「所有」しているわけではないことを理解していると述べられている。地方自治体が地域のブランドを認識することが再開発プロジェクトの成功の鍵であるとしながらも、ハックニー区は地域のブランドに対する責任を地域の企業やより広範な地域コミュニティと共有していると理解しており、地域の経済成長の成否は、こうした全てのステークホルダーが協働できるかどうかにかかっていると論じている。さらに、地方自治体は、地域のプロモーションのため地域ブランド化を目的とする広報パンフレットなどを作成する際、地域の全てのセクターに対し、命令をするのではなく、彼らをパートナーと位置づけて連携しなければならないと強調している。

付録 - ハックニー区の10の原則

上で述べたハックニー・ハウスをベストプラクティスとして取り上げた報告書では、次のように述べられている。

「全ての地域は異なり、企業支援と再開発プログラムを成功させるための単一の青写真はない。しかし、ハックニー区の活動は、少数の鍵となる産業分野に狙いを定め、その分野の企業と日常的に関わり、地方自治体が提供する多くのサービスと企業をつなぐ橋になることによって、区全体が再活性化されることを実証している」

さらに、ハックニー区が地域企業の支援と再開発を行う上での10の原則が挙げている。

1. 自らの任務と長期的な目標を明確にする

2. 全ての企業を平等に扱う

3. 企業からの全ての問い合わせに効率的に対応する

4. 必要な場合は土地開発業者に要求を行う

5. 地域ブランド化は経済的繁栄に不可欠である

6. 地域のイメージを国外で広める

7. 若者が有給で職業体験の機会を得られるよう支援する

8. コーディング技術に投資する

9. 地域の企業をより広範囲な地域コミュニティとつなぐ

10. 経済状況の変化に応じて企業を支援する

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