Japan Local Government Centre (JLGC) London > 調査・研究 > 欧州の地方自治情報 > 英国 > 英国の地方自治メモ > ADレポート「運動習慣づくり事業の参加者を増やすアイデア―グレーター・マンチェスターの場合―」

調査・研究

ADレポート

英国

ADレポート「運動習慣づくり事業の参加者を増やすアイデア―グレーター・マンチェスターの場合―」

2021年11月04日 

日本の自治体の健康、スポーツ関係の部署にも、より多くの住民に運動をしてもらい、心身ともに健康になってもらいたいと考えている方は多いのではないだろうか。この状況はイギリスでも同様で、住民をよりアクティブにするための様々な取り組みが行われている。今回は、エクササイズ紹介プログラムの改善に取り組むグレーター・マンチェスターの事例について取り上げたい。

1. 背景

グレーター・マンチェスターは、人口260万人ほどのコンバインド・オーソリティーで、域内には10の区が存在している。

今回のレポートの中心となるエクササイズ紹介プログラムとは、現在あまり運動をしていない慢性的な健康問題を抱えている人に対して、身体的活動に日常的に参加することを後押しするもので、健康の専門家が、同意を得た人にフィットネスクラブへの紹介状を提供するものである。これは、普段運動をあまりしていない人へシステム化された運動プログラムを提供し、プログラムが終わった後も運動を続ける手助けとなることを目的としている。

健康な生活スタイルに身体的運動は欠かせないものであるが、グレーター・マンチェスター市民の活動レベルはイングランドの平均より低く、より活動的なライフスタイルを促す必要があった。グレーター・マンチェスターは、すでにエクササイズ紹介プログラムにはかなりの投資を行っており、毎年数千人もの人が利用していた。前年度は7,000人以上がエクササイズ紹介プログラムを完了しているが、6,000人以上は紹介を受けたものの完了することができず、そのうち半数は最初のアセスメントの前に脱落、残りの半分はプログラムの途中で脱落していた。そのため、グレーター・マンチェスターとしては、エクササイズ紹介プログラムの改善によって完了者を大幅に増やすことができる可能性があると考えた。そこで、グレーター・マンチェスターや、この事業に関して事業委託を受けているグレーター・マンチェスター・アクティブなど、この事業に関わる複数の団体が、行動科学を用いたアドバイスを行うThe Behavioural Insights Team(BIT)へこのプログラムの改善に関するレポートの作成を依頼した。

2. 事前調査で明らかになった課題

BITは、これまでのプログラムに関する資料や過去の学術文献などを用いた文献調査を行ったほか、2つのレクリエーションセンターを訪問してインタビュー調査を実施した。

グレーター・マンチェスター・アクティブは、エクササイズ紹介プログラムは、自治体やClinical commissioning groups(CCG:国民医療サービスの大半の医療サービスの委託を行う)がグレーター・マンチェスター・アクティブへ委託する形式で、地域の公営のフィットネスクラブの施設の管理とサービスの提供を行っている。プログラムは各区やCCGによって異なるが、おおむね下記のような流れで実施されている。

① 紹介
脳卒中などのリハビリの次の段階として、または身体活動をあまりしておらず、長期にわたる健康問題がある場合に、かかりつけ医や療法士から紹介される。

② 初回アセスメントの予約
紹介状がフィットネスクラブへ届き、クラブから電話やSMS、メール、手紙等で参加候補者に連絡が届き、初回のアセスメントを予約する。

③ 初回アセスメント
エクササイズ紹介の担当者が、現在の健康状態、服用している薬、活動レベル、健康に対する考え方などについて総合的な評価を行う。所要時間は30~60分程度。

④ システム化された運動プログラム
エクササイズクラスや水泳のプログラムなど、参加可能な活動を提案し、プログラム期間中の運動プランを作成し、プランに沿って参加する。期間は地域によって8~26週間。

⑤ フォローアップの連絡
アセスメントを行った担当者がプログラム期間中に少なくとも一度はフォローアップの連絡をすることが多い。連絡は、電話、メッセージ、メール、または面接にて行われる。リハビリのクラスに参加している人にはより頻回なやりとりが行われる。

⑥ 終了時アセスメント
プログラムの終了時に参加者の健康や活動レベルについて再度アセスメントを行う。対面、電話、もしくはオンライン調査にて行われる。

⑦ 6-12か月後の振り返り
多くの場合、プログラム終了後12か月後に再度調査を行っている。これは、エクササイズ紹介プログラムが参加者の健康や活動レベルへの長期的な影響を測るためのものである。

 

過去の学術研究によると、このプログラムの参加者の特徴として、女性、高齢者、元々身体的活動レベルが高い人、車や自転車での移動が可能な人、貧困エリア以外の居住者、都会またはその周辺の居住者が多いということがわかっている。また、雇用形態、教育レベル、社会経済的地位、エスニシティ、交際相手の有無では出席率が変わることは無いが、女性の参加率が高い一方で、脱落者も多いこともわかっている。

グレーター・マンチェスターのエクササイズ紹介プログラムに関しては、かかりつけ医からの紹介が最も多いが、そのほかの療法士などの医療従事者からの紹介も一定の割合を占めている。また、参加者の多くは50歳以上で、中でも女性の参加者が多い一方で、BAME(エスニックマイノリティ)の参加者は人口比に比べて少なかった。

エクササイズ紹介プログラムの対象者は大きく3つに分けることができる。①あまり活動的でない慢性的な疾患を抱えている人や脳卒中や心筋梗塞などで後遺症がある人、②運動不足で、長期的な健康問題を抱えていたり、そのリスクのある人、③運動不足ではあるが健康な人である。国立医療技術評価機構によると、エクササイズ紹介プログラムについて、特に1つ目の運動不足で慢性的な疾患があったりリハビリを受けている人や、慢性疾患のリスクの高い人に対してよい影響があるとしている。しかし、どれだけ良い影響を与えられるかは、下記の行動科学を用いたアプローチをプログラムに取り入れられるかによって変化するとされている。

    • 目標設定とアクションプランの策定
    • 社会的なサポートの提供
    • 個人のニーズに合わせた介入(例:個人の生活や仕事の状況、変化へのモチベーションを考慮することなど)
    • 進捗状況の確認とフィードバックの提供

 

3. BITからの提案

上記の事前調査等を受け、BITはグレーター・マンチェスターなどへ下記の提案を行った。

①初回アセスメントへの参加率を高めるための介入
(ターゲット:初回アセスメントに参加しなかった約25%の人)

ア 招待状やリマインダーを簡単で魅力的なものにする

        • 最初に触れるメッセージを明確にし、明確な動作指示を追加し、プロセスを簡略化する
          エクササイズ紹介プログラムに関する手紙、メッセージ、メールの簡素化も重要だ。複雑で不明瞭な指示は、無視されたり後回しにされて忘れられてしまうことがある。メッセージをシンプルにするためには、下記のような重要な原則がある。
        • わかりやすい言葉を使う
          例えば「身体的活動」という言葉はスポーツ関係者以外にはなじみがない。
        •  重要な行動を強調する
          読み手が何をしなければならないのかを冒頭で確実に伝える。複雑なプロセスとなる場合には小さく明確なステップに分解する。
        • ただし書きや詳細を盛り込みすぎない
          少数の人にしか適用されないただし書きは、メッセージの核心を伝えるのを邪魔する可能性がある。
        • 言葉はシンプルに
          イングランドの成人の15%近くが11歳よりも低い読解力しかないと言われている。短い文章を使い、複雑な言葉や文法構造を避ける。
        • 氏名、地域のフィットネスクラブ名、紹介された理由などを使ってメッセージをパーソナライズする
          人は、遠くで自分の名前が会話に出てきても聞き取ることができるなど、自分に関係する情報に引き付けられることがわかっている。そこで、初回アセスメントの予約を促す最初のメッセージには、氏名、紹介者の氏名または紹介された理由を、プログラム中に参加者に送られるメッセージには、現在参加している活動に言及することでパーソナライズすることができる。

 

イ       最初の連絡の順番、タイミング、発信者の変更

        • エクササイズ紹介プログラムの担当者ではなく、他の参加者から最初のメッセージやリマインダーを送信する
          ほとんどの参加者が、最初のセッションに参加する前はかなり緊張していたが、実際に参加してみると、インストラクターや他の参加者がフレンドリーで、アクティビティもきつすぎず緊張感が薄れたと話していた。また、初日に顔見知りの人がいると助かるという声もあった。そこで、BITは初回のセッションの参加率を上げるため、最近プログラムに参加した人からのメッセージを受け取ることや、最初のセッション前にバディを割り当てることを提案した。
        • 手紙、SMS、電話等の手法と、その組み合わせの効果について検証する
          連絡に用いる手段はSMSや手紙、電話など何が良いのか、またどのように組み合わせるのが良いか、どの順番で送るのが良いのか、さらには、メッセージの内容についても検証するとよい。
        • 最初のメッセージやリマインダーを送るタイミングを変更してみる

     プログラムの継続性を高めるための介入
(ターゲット:初回アセスメントに参加後、プログラム終了前に脱落する約25%の人)

ア      1回目の参加のハードルを越える

        • 初回アセスメント時に参加するセッションを決め、参加を約束する
          自分の行動を約束する書面に署名したり、またその書面に達成した場合のインセンティブや失敗した場合の罰則についても記載しておくことで、決めた計画を自身が守るようにすることができる。エクササイズ紹介プログラムでは、初回アセスメント時にプログラムの最初の1週間または1か月間に何をするかについて担当者との間で署名付きのコミットメントを行うことができる。また、目標を達成できなかった場合に没収されてしまうデポジットを払うなどと言った方法を選択できるようにすることもできる。
        • 参加予定の初回セッションの前にリマインダーを送付する
          リマインダーの送付は、忘れていたり先伸ばしにしてしまったことで予約や参加ができないという状況の改善に役立つ。最初のセッションの前にリマインダーを送ったり、その送付の希望の有無について本人に選択してもらうという方法も考えられる。

 

イ       参加者がエクササイズ紹介プログラムを継続し、終了するためのサポート

        • 長期目標を週ごとの小さな目標に分割し、初回アセスメントで「いつどこでどのように」実施するかを明確にする
          やろうという意思と行動の間にはギャップがあり、やる気のある人でも忘れてしまったり焦ってしまったりして実行できないことがあることがわかっている。目標設定や計画については、行動科学に関する文献でも研究されており、エクササイズ紹介プログラムでは大きな長期目標ではなく小さな目標に分割すること、いつ、どこで、どのようになった時に実行するのかを設定しておくことなどが適用可能である。
        • 目標を忘れないように、毎週タイムリーにメッセージを送る
        • 初回アセスメントに署名入りのコミットメントを導入
        • 参加者にプログラム後半の自分あての手紙を書いてもらい、のちに見返すことでコミットメントについて思い出す機会とする

 

 

4. 所感

これらの提案が行われた後、実際にどの方法が導入され、どのような結果となったのかについては、情報を得ることができなかった。

しかし、これらの提案事項は、エクササイズを促進するプログラムにだけでなく、あらゆる種類のプログラムやお知らせにも応用することができるだろう。日本にも、医師によるフィットネスクラブ等での運動を処方する制度がある。そのような制度を運用する上で、また、自治体の持つ体育施設等で行われている運動プログラムなどで、このような知見を参考にすることで、一部の経験豊富な職員のみでなく、多くの職員がより効果があると思われる方法で、成果を上げることができるようになる可能性がある。

英国では、このような事例に関する情報が、成功したもの、上手くいかなかったものも含めて、各自治体のホームページや英国自治体協議会のホームページなどで公開されている。日本でも、数多くの事例集などが作成されているが、今後もより過去の研究結果やその事業の結果がわかる充実した事例集などを作成し、他の自治体や部署が共有できる環境を整えていくことで、さらに効果的な事業を生むことができるだろう。

 

【参考資料】
https://www.greatermanchester-ca.gov.uk/media/1875/exercise-referral-programmes-in-gm.pdf

(2021.11 所長補佐 金子)

ページの先頭へ