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地方自治体等訪問レポート「ホワイトシティを訪問」

2023年02月21日 

職員を対象とした研修の一環として、ロンドン西部にあるハマースミス・アンド・フラム区を訪問した。同区の人口は約18万人であり、区内のホワイトシティという地区には、2017年に定められた区の産業戦略(Economic Growth for Everyone:みんなのための経済成長)に基づいて、ホワイトシティ・イノベーションディストリクトが設定されている。この地域は、ヒースロー空港やロンドン中心部に容易にアクセスできることに加え、付近に今後新たなターミナル駅の建設が予定されており、英国の他の地域へアクセスの向上が見込まれている、非常に利便性の高い場所である。

その利便性を活かし、ハマースミス・アンド・フラム区とインペリアル・カレッジ・ロンドンが協力して取り組んでいる、新技術を生み出すための研究やビジネス創出等の産業活性化事業に関わる施設を訪問し、職員から話を伺った。

 

〇ハマースミス・アンド・フルハム区 

産業戦略の一環として、インペリアル・カレッジ・ロンドンと連携し、経済成長とイノベーション促進に取り組んでいる。同区内には、デジタル産業(約 2,000 の地元企業) やクリエイティブ産業 (4,000 以上の地元企業)が存在しており、近年ライフ サイエンス分野にも注力しており、30 社程度の企業が経営されている。

区をさらに住みやすく働きやすい場所となるよう、10,000戸の住宅を提供する計画や、駅の新設に伴う活力の創出、ナイトタイムエコノミーの促進、住民主催のアートフェスティバル・ストリートフェスティバルの支援などにも取り組んでいる。そのほか、技術の進歩に伴いデジタルスキルの必要性が高まっており、電気自動車関連技術、脱炭素関連技術を重要視しており、リスキル教育にも取り組んでいる。

自治体の役割は、それぞれの機関をつなぎ合わせることであり、学術関係機関と企業を結び付けること、企業同士を結び付けることに取り組んでいる。必要に応じて、それらの関係者が集う会議の設置や、必要に応じて組織・団体を立ち上げることもある。

行政からのサポートが新たな技術を生み出すことに繋がる場合も多くあるが、自治体だけではできることが限られているため、他機関との連携が極めて重要であり、インペリアル・カレッジ・ロンドンとのパートナーシップは、大学、企業、起業家、住民の間の緊密な協力によって、世界有数の革新創出に繋がると考えているとのことである。

また、ホワイトシティ・イノベーション・ディストリクトにおける取組が成功軌道に乗っている要因は、①効果的な投資、及び、②地域内の経済活動がうまく連動していることだと伺った。

 

〇アップストリーム

アップストリームは、ハマースミス・アンド・フラム区とインペリアル・カレッジ・ロンドンによって共同で立ち上げられた組織であり、区の成長戦略に基づき、クリエイティブ分野の企業を結びつけ、ビジネスを成長させるためのサポートをしている。企業同士や企業と大学等の連携を促進することによって、それぞれの組織の成長を加速させ、ホワイトシティ・イノベーション・ディストリクトによる成長の世界的な先進事例となることを目指している。

アップストリームは、組織のミッションとして下記の4つを掲げている

・プロフェッショナルなつながりを育む

・共通の課題をより効果的に解決するために必要な組織を呼び込み、それらの機関の協力を推進する

・コミュニティが相互作用するための機会を提供する

・革新的な科学、技術、創造的な組織、標識の資産と設備を体外的に発信する

 

アップストリームのスタッフは3人のみであり、非常に小規模な組織である。組織規模が大きくなると、意思決定が遅くなることや管理的業務が増加するなどのデメリットがあるため、少数の職員で機動的に業務を推進しており、事業予算は自治体と大学から半分ずつ拠出されているとのことである。

イノベーション・ディストリクトには、非常に広大かつ利便性の高い土地があり、今後発展の余地が非常に大きい。そこで、アップストリームとしては、社会情勢の変化を踏まえつつ、他の組織と協力することで課題解決を目指す団体のニーズをマッチさせる役割を果たしたいと考えているとのことであった。大学と自治体の連携は非常に大きな可能性を秘めており、今後も地域の発展のために取組み続けたいとのことであった。

 

〇スケールスペース

スケールスペースは、インペリアル・カレッジ・ロンドンと英国を代表するデジタルベンチャー企業(ブレナム・チャルコット)が、企業の成長加速させるために共同して設立した施設である。同じ建物の中にビジネススクールと70社の企業が共存している。スタートアップ企業と学術関係者が交流する機会も定期的に開催している。

・企業支援の重点項目

①企業と、ベンチャービルダー・学者・研究者・技術者・スタートアップ支援専門家を結び付ける

②ベンチャービルダー・大学・専門家から集めたノウハウを企業に提供する

③企業の成長に応じた規模拡大に伴い、人材の確保・研修などに関する拡大支援を提供する

④企業が革新と成長を続けるための理想的な環境を提供する

 

施設の大きな特徴は、パブやカフェを併設した広大なロビーであり、人事や経理に関する無料の講習・交流イベントを開催することで、新たな人間関係の構築から新たな革新が発生することを目指している。

また、施設内にはブランディング企業が常駐しており、さらに、レコーディングスタジオを併設していることで、企業にとって重要である広報・ブランディング活動に手厚いサポートを提供している状況を伺った。

【パブやカフェを併設したロビー】

 

【施設内のレコーディングスタジオ】

 

 

〇インペリアル・カレッジ・ロンドン I-HUB、インベンションルーム

インペリアル・カレッジ・ロンドンは、サウスケンジントンにメインキャンパスを構え、世界125か国以上から集まる17,000 人の学生と8,000 人のスタッフを有する英国有数の大学である。科学、工学、医学、ビジネスの4つの主要な分野に焦点を当てており、産業や企業とも強い結びつきを持っており、Times Higher Education社による2023年世界大学ランキングではヨーロッパで3位、世界で10位に位置付けられている。

2016年以降、ホワイトシティに第二のキャンパスを開設し、自治体や企業と連携してビジネスイノベーションの創出や、量子工学・クリーンエネルギーなどの最先端の研究を進めている。

案内していただいたI-HUB(イノベーション・ハブ)は、17,000㎡に及ぶオフィススペースと研究所施設を備えており、それらを安価で貸し出すことで、企業と大学の研究者が協働するための場所を提供している。ホワイトシティ内には、豊富な居住スペースと欧州最大級のデパートがあり、住居・勤務(研究)・余暇を過ごす場所が近接しているのが強みであるとのことである。

さらに、大学の関連施設としてインベンションルームという施設を訪問した。この施設の中には、学生や企業の職員が使用することができる、最先端のデジタルモデリング機器(3Dプリンターやウォーターカッターなど)を備えた部屋に加え、地域の高齢者や若年世代を対象としたイベントを開催するスペースが併設されていた。住居と勤務・研究場所を近接させていることを踏まえ、家族を対象としたイベントも開催しているとのことであった。

【I-HUBの外観】

 

【I-HUB内のレンタルスペース】

 

 

【最先端のモデリング機器を備えた施設(インベンションルーム)】

 

〇ホワイトシティ・プレイス

ホワイトシティ・イノベーション・ディストリクトの西部に位置する、ホワイトシティ・プレイスという区画の中にある、三井不動産U.K.が保有する施設を訪問した。この地区は、これまでBBC(英国放送協会:イギリスの公共放送局)が所有していた土地であり、BBCがマンチェスターに移転することから、地区内の施設や土地が手放され、そこで三井不動産U.K.が新たなプロジェクトを開始したものである。

訪問日が、新たに建設されたオフィスの竣工式であり、最新のオフィススペースを視察することができた。このオフィススペースには、世界最大の化粧品会社であるロレアルの入居が決まっている。インペリアル・カレッジ・ロンドンとの連携の見込みがあること、かつ、ロンドン中心部からもアクセスが良好であり、広いオフィススペースを確保できること等が魅力となり、入居することになったとのことである。

三井不動産U.K.の職員によると、ホワイトシティ・イノベーション・ディストリクトは、自治体をはじめ、大学・スタートアップ企業・商業施設など、様々な機関がこの地域を選ぶことで活力が生まれ、地域としての雰囲気も向上し、大きな可能性を秘めた場所になっているとのことである。

 

産官学の強固な連携と新たなターミナル駅の開発に伴って、さらに加速するとされているイノベーション・ディストリクトの発展とそこから生まれる新たな技術・ビジネスは、今後英国内外を問わず注目を集めることになるだろう。

 

【新たに建設されたオフィスのロビー】

【オフィススペース】

 

〇所感

今回の訪問では、経済成長の旗振り役である行政、行政と協働して最先端の研究を進める大学組織、行政と大学の共同機関、そして当該地区に不動産を有する不動産会社の職員から話を伺い、行政が関係機関と連携することで、行政のみの対応の限界を超えた大規模な経済成長が推進されている事例を学ぶことができた。

行政が関係機関と協議して成長戦略を設定・公表することで、地域の方向性が示され、その方向性に協調する民間企業などが参入することで経済成長の可能性が大きくなり、その可能性に魅力を感じる関係組織が参入することで、より経済成長が刺激されるという好循環の存在を感じさせていただく貴重な経験であった。

自治体が、地域のポテンシャルを把握するとともに、それらを住民や民間組織の希望を踏まえつつ適切に活かすことができる計画を主導する役割を果たすことの重要性を認識する機会を得たことで、自身も自治体職員として、他のステークホルダーと住民の声を適切に地域の方針に反映させ、地域の発展に貢献したいという想いが一層強くなった。

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