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「Pop Brixton」 ~ロンドン、ブリクストンの再開発とジェントリフィケーション

2020年11月26日 

ブリクストンは、ロンドンで最大の鉄道駅であるウォータールー駅からバスで30分ほど南に下った、ランベス区の南側に位置する街です。ブリクストンには、1950年代ごろから、カリブ系を中心に、アジア・アフリカなどから多くの移民が移り住むようになりました。過去には人種問題を発端にした暴動が起こったこともあり、治安の悪い地域と言われていましたが、近年再開発が進み、国際色豊かな街として注目されつつあります。

今回ご紹介するPop Brixtonは、ブリクストン駅から徒歩1分ほどのところにある、飲食店やローカルのデザインスタジオなどが入居するクリエイティブスペースです。もともとこのスペースは、老朽化により取り壊されたランベス区営の立体駐車場の跡地で、恒久的な商業施設が建設されるまでの間の一時的な土地活用プロジェクトとして2016年に整備されたものです。カラフルに塗装された船便輸送用のコンテナを積み重ね、コンテナの内部を店舗やオフィスとして活用するユニークなデザインが特徴的で、2,000平方メートルの敷地内に50以上のテナントが入居しています。その内訳は、飲食店やバー・パブのほか、デザイン事務所やIT企業、地元のラジオ局と多岐にわたります。私が取材のために9月に訪問した際も、平日の日中にも関わらず、テラス席で友人とジョッキを傾ける人の姿を見ることができました。

Pop Brixtonの大きな特徴は、地域に根ざしたビジネスを強く意識しているということです。入居しているテナントの7割がブリクストンまたはランベス区に本拠地のあるローカルビジネスで、更に半数のテナントがはじめて起業したスタートアップ企業です。ソーシャル・エンタープライズ(社会問題の解決を目的とした営利企業)は全テナントの20%程度を占めており、受刑者の社会復帰の支援や、地元の学校の8~10年生(日本における中学2年生~高校1年生に相当)を対象にしたビジネス体験などの活動を行っています。これらのスタートアップ企業やソーシャル・エンタープライズに対しては、通常よりも割安な賃料が提供されています。この他、敷地内にはコミュニティ・ガーデン(地域住民が利用できる小さな庭園・農場)やコミュニティ・フリッジ(余った食品などを地域住民でシェアするための冷蔵庫)も設置されており、地域の活性化に貢献する取り組みが見られます。

 

一方で、Pop Brixtonが本当にブリクストンの地域活性化に貢献しているのかという点について、疑問を投げかける声もあります。ミレニアル世代(2000年以降に成人した世代)向けメディアの「VICE」は、Pop Brixtonのことを「ブリクストンに来た人がパーティーをするための場所で、自分たちのための場所だとは思っていない。」という地元住民の声を紹介しました。また同メディアは、Pop Brixtonの所有者が27億ポンドという巨額の不動産資産を抱えるロンドンの不動産会社である点も指摘しています。また、当初2018年夏に予定されていた収益黒字化が予定より遅れており、未だ達成されていないことも指摘されています。

社会学者のクリス・マクミランは、著書の「The London Dream」において、Pop Brixtonが周囲の「住民の半数が国内で最も困窮している10パーセントのグループに含まれるようなコミュニティ」から「明確に分断されている」と言及しています。また同氏は、Pop Brixtonに入居するソーシャル・エンタープライズの女性スタッフへのインタビューで、Pop Brixtonの「割安ではあるが、それでも急激に増額している」賃料を払うため、彼女の所属するエンタープライズがより多くの採算事業を行わなければならないことに不安を感じているというコメントを紹介し、Pop Brixtonを近年ロンドン近郊で進むジェントリフィケーション(都市の富裕化)の代表例として問題視しています。

こういった批判もある一方で、英国の新聞社「The Guardian」は、ブリクストンにおいて家賃相場の上昇があったにしろ、人種構成については「白人英国人」の割合が減少していること(ただし、これは2001年と2011年の国勢調査の結果から導かれたものです。)や、ランベス区が行った区内の事業者への調査で、ブリクストンで10年以上営業している店舗が全体の53%を占め、「3年後もランベス区で取引を続けていると思う」と回答した事業者の割合が85%と、区内で最も高い割合になっているという「希望に満ちた兆候」について報告しています。

Pop Brixtonを取り巻く様々な意見を見ると、Pop Brixtonのような施設を「地域活性化の切り札」と手放しで歓迎することも、「地域の多様性を失わせるジェントリフィケーションの悪例」として断罪することも、私には難しいと感じました。ブリクストンは、訪れた人がひと目でその魅力を感じ取ることができるほど、変化へのエネルギーに満ち溢れた地域です。再開発が地域にもたらす影響には様々な側面があることを念頭に置き、Pop Brixton、そしてブリクストンがどのように変わっていくのかを注視していきたいと思います。

 

(所長補佐 濱本 2020.11)

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