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ADレポート「政府への提言:ナショナル・フード・ストラテジーの発表」

2021年07月30日 

2021年7月15日、食に関する政府へ提言書「ナショナル・フード・ストラテジー」が公開されたことが、朝のニュースで大々的に報じられていた。

このレポートは、2019年6月に英国の環境大臣から英国の食糧システムの見直しの責任者に任命された、レストランチェーンのオーナーでサステナブルレストラン協会の設立者でもあるヘンリー・ディンブルビー氏がまとめたものである。英国では、このように、政府が個人や委員会に対してレポートの作成を依頼し、その内容を参考に政策を立案するということが様々な分野で行われている。このレポートの対象は、生産、マーケティング、加工、販売、購入、消費を含んだフードチェーン全体で、それらのプロセスに関わる消費者の慣行、資源、制度について考察し、塩や砂糖への増税、かかりつけ医による果物や野菜の処方などといった健康的な食生活や、食の格差、農地の使用方法の改善など、幅広い分野に関する提言が含まれている。これらの提言に対し、ボリス・ジョンソン首相は、「砂糖・塩税はよいアイデアだとは思えない」と述べた上で、「レポートを読んでみる」「きっとレポートの中にいくつかよいアイデアがあると思う」と述べ、6か月以内に白書の形で正式に回答するとした。

日本での「食」に関する動きとして私の目に入っていたのは、健康面、地産地消、食品ロス削減、子ども食堂といった面での取り組みであったため、ゼロカーボンと食の関係性や、環境のために食肉の消費量を減らさなければならないという点について、はっきりと関係性が理解できない部分があった。そのため、それらの関係性や、英国での食に関する取り組みが、どのような分野について注目されているのかを知るために、このナショナル・フード・ストラテジーを読み解いてみることにした。

 

1. これまでの取り組み

昨年2020年7月には、「ナショナル・フード・ストラテジー パート1」と称したレポートが提出されており、その中で書かれた7つの提案のうち、下記の4つはすでに政府は実施に同意している。

  • ホリデー・アクティブ&フード・プログラムの実施の拡大

週に4日間、4週間の夏休みとクリスマス休暇に渡るホリデークラブで、子供たちに暖かい食事を提供し、料理教室やスポーツと言ったアクティビティを提供し、同時に、参加者の家族へも栄養価が高くコストの低い食事の用意の仕方についてアドバイスを行うプログラムをイングランド全土に拡大する。

  • ヘルシースタート割引券の額の引き上げ

保護者や12か月未満の子どもの世話をしている人へ提供されている、ビタミンや果物、野菜や牛乳に使うことのできるヘルシースタート割引券の額を、週あたり3.10ポンドから4.25ポンドへ増額する。

  • 食料不足に悩む人に関するデータ収集を継続する

労働・年金省が生活費円卓会議を設置し議論を行っている。また、英国食料安全保障評価や家族資源調査の情報も更新されている。

  • 貿易協定の締結時には、経済生産性や食の安全性、公共衛生や環境、社会、労働環境や人権、アニマルウェルフェアへの影響を調査する独立レポートを作成すること

一方、一部の食品に特恵関税を与えることや、議会で貿易の取引を適切に精査する時間と機会を設けることについては実行を約束していない。また、無料給食の対象者を、保護者が低所得層向けの給付制度を受給している16歳までの全児童・生徒へ拡大する提案に関しても拡大についても政府は実現していない。

今回のナショナル・フード・ストラテジーでは、改めてフードシステムがどのように機能しているのかや、フードシステムが人間の身体や生態系に与えているダメージ、そしてその予防について考え、科学的根拠と市民のニーズや希望に基づく未来のための戦略が策定された。

 

2. 現状の課題の分析

策定にあたり、検討された分野は、食や農業の分野のみでなく、生物の多様性やゼロカーボンの達成など、多岐にわたる。背景として示されているのは、下記のような内容である。

  • 日常食べている食品や、その生産過程では、環境や我々の身体が大きくダメージを受けている。
  • 環境破壊が食の安定供給を脅かしている。
  • 高脂質で多くの糖や塩分を含む安い加工食品は、健康的な食品よりも3倍安価なこともあり、ジャンクフードサイクルと呼ばれる悪循環となっている。
  • 今、英国で成人の3割が肥満で、G7の中で3番目に肥満の多い国となっている。この肥満率の高さは新型コロナウイルス感染症での、英国での高い死亡率にも影響していると考えられている。
  • 集約農業により土地が痩せ、農場の持続性が脅かされている。
  • 政府は二酸化炭素の排出量を実質ゼロにするネットゼロを2050年に達成するとしている。理論上だけで言えば、二酸化炭素を多く排出する産品を海外からの輸入に頼れば、国内の二酸化炭素排出量は下がるが、それでは根本的な意味を成していない。
  • 再生農法やAI、ロボットや、品種改良などを活用した生産現場のイノベーションも必要である。
  • 一部の農家では、土壌を改善し、肥料の使用量を削減するために家畜を放すスペースをローテーション制にしているところもあるが、このような環境に配慮した畜産は、現在の我々の肉の消費量では持続不可能である。
  • ネットゼロの達成には、肉の消費量を2050年までに20~50%削減しなければならないとされている。畜産農家はすでに土壌が痩せてきていることや野生動物が減少してきていることに気付いているが、利益を上げなくてはならない。
  • 公益に叶う農業を推進するためには、安価な輸入品との競争といった競争から農家を守る必要がある。

これらの分析を踏まえ、このレポートでは、戦略的目標として、(1)医療体制を守るために、ジャンクフードサイクルから脱出する、(2)食に関する格差を是正する、(3)土地を最大限に活用する、(4)食文化の長期的な転換を図るの、4点を掲げ、14項目におよぶ提案を行っている。

 

3. 14の提言内容の概要

(1) 医療体制を守るために、ジャンクフードサイクルから脱出する

提言1:砂糖・塩税を導入し、その税収の一部を低所得者層に新鮮な果物や野菜を届けるために活用
加工食品やレストランで使用される砂糖へ1キロ当たり3ポンド、塩へは1キロ当たり6ポンドの税金を導入すべきである。業者は食品に含まれる塩分量を減らすインセンティブとなる。

提言2:大規模な食品会社に対する報告義務の導入
250人以上を雇用する食品業者に対し、高脂質、高糖質で塩分の多い食品や、肉や魚といったたんぱく質の種類と生産地、野菜、果物の売り上げ、主な栄養成分ごとの売り上げや食品廃棄について報告義務を課す。

提言3:学校での新しい「食べて学ぶ」取り組みの開始
幼児期の味覚教育の実施、大学入試に使われる統一試験で食の教科の再導入、その他の資格制度の見直しといったカリキュラムの変更や、家庭科(食に関する)の授業の監査の導入、子どもたちのための料理教室などへの資金提供、中学校における適切な教員の採用などを実施する。

 

(2) 食に関する格差を是正する

提言4:学校給食の無料化対象の拡大
現在小学校2年生までの全児童と年収7,400ポンド未満の児童が無償化の対象であったが、これを年収20,000ポンドまでに拡大する。(前回の提言書では低所得者向け給付の受給世帯全てとしていたが、新型コロナウイルスによって受給者が拡大し、財政的に非常に厳しい状況にあるため、変更。)

提言5:今後3年間の「ホリデー・アクティビティ&フード」プログラムへの資金提供
給食がないことで、十分な食事が取れない子どもたちのために実施する、長期休暇に週に4日間開催するプログラムで、温かい食事を提供するとともに、互いの交流や運動、その他アクティビティを行う。現在2021年度末までの資金提供が決まっているが、最低でも今後3年間、または次の歳出見直しまで継続する。

提言6:ヘルシースタート制度の拡大
低所得の妊娠中の女性や4歳以下の子供のいる家庭などにビタミン剤のクーポンや果物や野菜、牛乳の割引券を提供する制度の対象を年収20,000ポンド以下の世帯全てへ拡大する。財源は、砂糖・塩税を用いる。

提言7:低所得者の食生活の改善を支援する「コミュニティ・イートウェル」プログラムの試行
かかりつけ医が患者に果物や野菜を処方し、食に関する教育や社会的サポートを行うプログラムを試行する。

 

(3) 土地を最大限に活用する

提言8:農家がより持続可能な土地利用に移行できるように、少なくとも2029年まで農業関連の補助金の予算を保証する。
商業活動や土地の所有ではなく、公共への貢献に対してのみ支払われる補助金への転換が図られているが、現在、農家の40%は収入を補助金に依存しており、この変更は慎重に行われる必要があり、農家を守るために、最低でも2029年までは現在と同等レベルの補助金を維持する。

提言9:3つの区画モデルに基づいて、農村の土地利用の枠組みを作る。
「3つの区画モデル」における土地を自然な状態を残す区画、収穫高の低い区画、収穫高の高い区画の分類に基づいて、どの地域の土地が最も適しているかを示す「農村土地利用フレームワーク」を作成する。

提言10:貿易の最低基準と、それを守るためのメカニズムを定義する。
アニマルウェルフェア、環境と健康の保護、二酸化炭素排出量、抗菌剤耐性、人獣共通感染症などに対処している国内の農家の競争力を保つため、貿易取引において守るべき基準リストを作成する。

 

(4) 食文化の長期的な転換を図る

提言11:より良いフードシステムを作るためのイノベーションへの10億ポンドの投資
果物や野菜の栽培、食肉に代わる食品の開発などのイノベーションへの投資と、エビデンスに基づく政策形成を促進する組織であるWhat Work Centreを食に関する政策とビジネスにおける実践の分野で設置する。

提言12:全国フードシステムデータプログラムの実施
農村の土地利用の枠組みを決めるために必要な土地に関するデータと、食品の生産、流通、小売りと、環境への影響についてのデータを集め、ビジュアル化して公表し、企業やその他団体が計画の申告状況を確認できるようにする。

提言13:健康的で持続可能な食品に税金が使われるための政府の調達規則の強化
学校や病院、軍や刑務所、政府の事務所などで税金を用いて購入される食品の購入額は毎年24億ポンドにのぼるため、食に関する購入規則を改定し、税金が健康的で持続可能な食品に使われるようにする。また、公共機関等へ強制的な認証スキームを導入するほか、より様々な業者が参入できるよう、オンラインの公共調達ページで食品を販売できるようにする。

提言14:明確な目標の設定と、長期的な変革のための法律の導入
現在ある食品安全を担っている食品基準庁の役割を拡大して、健康的で持続的な食品も管轄する。また、環境食糧農林省は、グッドフード法案を議会に提出すべきだ。

これらの提案全てを実行するには、年間14億ポンドの費用が必要で、その他単発で必要になる費用もある。しかし、一部はすでに資金確保が決まっているものもあり、今回提案する砂糖・塩税が導入されれば、年間29~34億ポンドの税収が見込める。長期的にみた経済への好影響は、最大で1,260億円となる。

 

4. 所感

健康や格差の是正、農業の活性化のみでなく、環境問題や生物多様性、貿易などに及ぶ食に関する多面的な影響に配慮している点が印象的である。

また、日本では国土の66%が森林・原野が占め、農地は12%、放牧に用いられるような森林以外の草生地と採草放牧地は1%に過ぎないのに対し(※1)、英国では国土の約4分の1が畜産業に用いられている農地であるという。確かに、郊外へ出かけるとすぐに牛や羊といった家畜が放牧されている風景に出会う。国土に占める高い割合と、牛や羊が放牧されている姿を日常的に目にしていることが、畜産業が環境に与える影響やアニマルウェルフェアに配慮した生産についての注目度をより高めているのではないだろうか。

さらには、政府への一方的な「してほしい」ことの羅列ではなく、その財源としての砂糖・塩税について提案していること、あらゆる箇所に具体的な数字や達成した場合の影響に関する数値、費用等が盛り込まれている点で、非常に具体的な提案であるように感じた。

ニュースでは、塩や砂糖への増税が導入されれば、ロックダウンによる打撃を受けている飲食店がさらに苦境に立たされると話す飲食店関係者のインタビューも放送されており、健康的な食生活と経済のバランスも重要なポイントになりそうだ。

現在の英国において、この提案書を受け取った政府がどのような白書を作成するのか、今後も注目していきたい。

 

National Food Strategy原文はこちら(https://www.nationalfoodstrategy.org/

※1 「国土の利用区分別面積」令和元年データ(国土交通省)

 

(所長補佐 金子 2021年7月)

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