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ADレポート「ヘルシンキ市におけるIT人材確保に向けたブランディング戦略~『Helsinki Freedom』キャンペーンについて~」

2022年09月14日 

デジタル社会において、世界の都市はどのような手法を用いて、世界における都市のブランド価値を高めているのか。本レポートでは、ヘルシンキ市が市のマーケティング戦略を担うヘルシンキ・パートナーズ社と連携し、2020年11月より開始した、「Helsinki Freedom(自由なヘルシンキ)」キャンペーンについて紹介する。

―ヘルシンキ市におけるIT人材の不足
このキャンペーンが立ち上げられた背景には、ヘルシンキ市内の企業における、IT分野をはじめとする専門人材の不足があった。市では、2025年までに最大25,000~40,000人のソフトウェア分野における専門家が不足する可能性があると考えられており、これらの分野における人材確保が喫緊の課題となっている。そこで、地元企業における専門スキルを持った外国人材の確保及びIT産業の持続的な成長を目的として、国際的な人材誘致に向けた新たな都市ブランディングを推進することとなった。このキャンペーンを通して、ヘルシンキ市の魅力を世界に発信し、優秀な外国人材の確保に乗り出したのである。

―ヘルシンキ市が掲げる「自由」とは?
ヘルシンキ市は、キャンペーンの中心に据えている「Freedom(自由)」の定義を、「すべての人が妥協することなく、自分らしく生きること」としている。つまり、自由な都市ヘルシンキでは、すべての人が家庭の経済・社会状況に関係なく高度な教育を受けること、キャリアと家庭の両方を妥協しないこと、好きな人を自由に愛すること、安心して安全な街で暮らすこと、公的医療を受けること、失敗をすること、などの様々な自由を手に入れることができるということを掲げているのである。
そもそも、ヘルシンキ市が世界にその魅力をアピールするキーワードとして、「自由」に着目した背景には、世界8都市を対象に実施されたアンケート調査の結果にある。世界の主要都市に住む人々に対し、「生活の中で重視する点」を問うアンケートを実施したところ、多くの回答が、もともとヘルシンキ市が住民から高い満足度を得ている「ライフワークバランスの実現」や「安全性」、「無料教育・医療の提供」等の「個人の自由」に深く関連するものであったことから、これらの意味を包括的に表す「自由」をキーワードに、世界に向けて市の魅力を発信するキャンペーンを実施することとなったのである。
画像:「Helsinki Freedom」キャンペーンでは、現代人にとっての様々な「自由」を実現することのできる都市として、その魅力を発信している。(出典:Helsinki Freedom)

―SNSを活用した映像配信
ヘルシンキ市では、市民がそれぞれの「自由」を実現し生活する様子を発信するために、短編のドキュメンタリー作品を制作・配信している。各エピソード三分程度の映像の中で、ヘルシンキ市民が、「あなたにとっての自由とは何か?」をテーマにそれぞれの想いを語る内容となっている。現在、10のエピソードが公開されており、「ワークライフバランスを実現する自由」、「世界基準の教育を受ける自由」、「好きな人と恋愛する自由」、「安全に暮らす自由」、「挑戦・失敗する自由」等、ヘルシンキ市に住むことで謳歌することのできた、それぞれの「自由」にまつわるエピソードが語られている。中でも、「ワークライフバランスを実現する権利」をテーマにしたエピソードでは、長崎県からヘルシンキ市に移住後、市内でデザインショップを開業した日本人の方が登場し、お店の経営とパートナーや子供との時間の両方を大切にした、バランスのとれた暮らしの様子を紹介している。
これらは、市内に拠点を置く著名なドキュメンタリー監督5名を含む、厳選されたクリエイターチームによって、まるで映画のような美しい映像で制作されている点が特徴的である。これらの作品は、市の公式ホームページのほか、インスタグラム等のSNSを活用し広く配信されている。画像:SNS等を活用し、短編ドキュメンタリー動画を配信している。中には日本からヘルシンキへ移住した日本人の方のエピソードも。(出典:Helsinki Freedom)

―デジタル手法×アナログ手法
ヘルシンキ市は、上述の映像配信のほか、パンデミックの影響により自由に都市間を行き来することが難しい状況においても、ヘルシンキ市の雰囲気を体感してもらうことを狙いとして、「Helsinki Freedom, Home-Delivered(宅配ヘルシンキ)」と呼ばれる取組を実施していた。この取組は、フィンランド国外に住むテック業界における若手の技術者を対象に、ヘルシンキ市での生活を疑似体験してもらうための様々なグッズが詰め込まれた段ボール箱を無料で家まで送り届けるものである。段ボール箱の中には、「自宅をヘルシンキ化」できるようなフィンランドでデザインされた雑貨等が10個(1,000ユーロ相当)入っており、ヘルシンキへの移住を検討しているテック人材に、直にヘルシンキ市の雰囲気を届けることで、都市での生活をより身近に感じ、愛着を持ってもらうことを目的としている。この「ヘルシンキ・ボックス」は、IT分野における外国人材と、ヘルシンキ市内のIT企業のマッチングを行うプラットフォーム「Talent Pool Helsinki」が主催するコンテストにおいて、優秀な成績を収めた技術者を対象に送付された。

―最後に
上述の取組は、多様な概念を持つ「自由」をテーマに据え、幅広いターゲットに対し、SNS等を活用しながら、低予算でインパクトのある取組を推進している点が印象的であった。結果的に、ドキュメンタリー映像等を含むキャンペーンに関わるコンテンツは、2022年7月までに、SNS等も通じて約3,060万人に到達し、動画は約240万回視聴されたという。公式ウェブサイトの訪問者数は28万8,000人にまで上っており、このキャンペーンのインパクトの大きさが伺える。また、映像配信等のデジタルな手法に加え、実際に物を送り、都市の雰囲気を肌で感じてもらうというアナログな手法をあえて取り入れている点も非常に興味深い。
この取組は、少子高齢化が進み、労働力人口の減少が懸念される日本においても、自治体が優秀な国内外の人材に、「あえて日本で生活する・働くことを選択」してもらうための手法を考える上で、参考になるのではないかと感じた。

ロンドン事務所所長補佐 中村萌子

(参考)
公式ホームページ「Helsinki Freedom」
https://www.myhelsinki.fi/en/work-and-study/helsinki-freedom
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https://www.hel.fi/uutiset/en/kaupunginkanslia/helsinki-freedom-the-new-city-of-the-free
https://www.citynationplace.com/helsinki-freedom

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