【概要】
英国の地方自治体等が取り組む先進施策や行政課題などを学び、日本の自治体行政に資する知見を得ることを目的に、2026年7月2日、Teesside University London (以下「TUL」という。) を訪問した。今回の訪問では、TULが提供するカリキュラムや産業界・地方自治体と連携した取組について話を伺うとともに、同大学が所在するQueen Elizabeth Olympic Parkにおける2012年ロンドンオリンピックがもたらしたレガシーについて学び、日本における産官学連携や地域活性化の取組に対する示唆を得ることを目指した。
【TUL訪問】
○ 組織概要
TULは、ロンドン東部Stratford地区にあるQueen Elizabeth Olympic Park内のHere Eastにキャンパスを構えるTeesside Universityのロンドンキャンパス(本校はイングランド北東部のMiddlesbroughに所在)で、2023年に開校した。ビジネス、ゲーミング、コンピューターサイエンス、サイバーセキュリティ、公衆衛生の各コースを提供しており、産業界や地方自治体と連携しながら学生のEmployability(就業可能性)を高める教育を展開している。学生数は約550人から600人で、学部は主に英国国内からの学生が多いが、大学院は約80%が国外からの留学生である。小規模ながら個別性のある充実した教育環境を提供しており、同じHere East内にオフィスがある企業やスタートアップと密接に連携した取組を行っている。
○ コース構成
TULは、ビジネス、ゲーミング、コンピューターサイエンス、サイバーセキュリティ、公衆衛生に特化している。これらは、本校がもつ強みを生かし、かつロンドン及び英国の労働市場においてニーズの高い分野を考慮して選定されたものである。
○ 授業モデル
TULの大きな特徴の一つとして、柔軟な授業スタイルが挙げられる。一部を除く学部・大学院の学生は、週2日(連続した曜日:月・火もしくは木・金)にキャンパスに通学し、午前3時間・午後3時間の計6時間の講義を受講する。学部生は30モジュール/6週間×年4回を集中的に履修する。試験はなく、課題の取組による評価が行われる。集中的なカリキュラムの提供により、夏季の就業・インターン時間を確保しやすくなるほか、遠方から通学する学生の経済的・時間的負担の軽減、学校以外における生活の予定を組みやすくすることを意図しており、学生からは好評を得ている。
TULの講師には、これまで様々な学術機関で研究に携わってきた教授や、教授職は初めてだが産業界での経験が豊富な講師もいる。伝統的な学術的な指導と産業界からの視点の両方を得られる点で、学生にとって非常に有益である。
○ 産業界との連携
TULと他大学との大きな違いはEmployability(就業可能性)に焦点を当てていることである。学生に対し、専門スキルだけでなく、実際に希望する仕事に就き、そこで成功するスキルも身に着けて卒業することを願い、すべてのコースにEmployabilityの要素を20%ほど盛り込んでいる。学生が企業と交流できるネットワーキングイベントを開催するなど、あらゆる面で学生が産業界とかかわる機会を提供し、学生たちのEmployabilityを最大限高めるよう意識的に取り組んでいる。
こうした取組は、Here East内の企業との関係性によるところが大きく、大学内のスペースを使ったイベントや企業の招待、ジョブフェアなどを通じて関係性を構築し、学生のインターンシップ受入につなげている。こうしたネットワーキングについて、大学は学生を支援しつつ、学生が主体的に関係性を構築することを重視している。
例えばゲーミングコースにおいては、TULと同じフロアに入居するSports Interactive (ゲーム企業SEGAの子会社)と密接に連携しており、同社からゲスト講師を招いたり、学生向けにオフィスツアーを行ったりするなど、様々な機会が提供されている。
一見すると職業訓練校のようにもみえるが、単に実践的な授業を提供しているわけではなく、理論に深く根ざしつつ、それが実践の機会でどのように機能するかを理解できるよう学生を支援している。
○ オリンピックのレガシー
<Here East>
TULがキャンパスを構えるHere Eastは、もともとは2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックにおいてプレスセンターとして活用されていた施設であり、オリンピックレガシーの一つである。
<Plexal>
Here East内にある100~120社ほどのテック系スタートアップが入居するコワーキングスペースである。サイバーセキュリティ系スタートアップなど様々なイノベーション企業が集まっており、TULの学生たちが就業やインターンシップの経験を積むこともできる。またTULもスペースを所有し、イベントや教室などで学生が利用できるようになっている。
<スポーツ施設>
TULの学生はオリンピックスタジアム(ロンドン大会メインスタジアム)やロンドンアクアティックセンター(ロンドン大会水泳競技場)などを割引価格で利用できる。
こうしたオリンピックのレガシーは地域の成長のために重要な場所と位置づけられている。様々な機関が集積した立地により、TULは伝統的な大学キャンパスとは異なる機会を学生に提供することができる。
○ 学生生活
TULは新しく小規模なキャンパスで、多数の既存サークルがあるわけではないため、学生主導による活動が期待されている。学生主導により、他の大学と連携したサッカークラブ活動やHere East内にある企業と連携した活動も生まれている。
○ 地方自治体や地域との連携
TULの所在するQueen Elizabeth Olympic ParkはロンドンのNewham区、Tower Hamlets区、Waltham Forest区、Hackney区の4区にまたがっているが、TULは特にHackney区とNewham区と密接に連携している。Hackney区とは教育分野の観点で連携しており、若者をはじめとする住民の高等教育進学に関するイベントを実施している。またNewham区とはサイバーセキュリティ分野の観点で連携し、新たに同区に設置されるデータセンターの関連し、女学生の取り込みに注力している。
上記4区はロンドンのなかでも比較的貧困率の高い地域であり、この地域に居住する若者は家族で初めて大学に進学する世代となることもある。TULは、地域社会との連携や市民参加という観点において、一般的な高等教育のメリットを広く示すことに重点を置いている。

記念写真

Plexal
【Queen Elizabeth Olympic Park視察】
TULへの訪問後、Queen Elizabeth Olympic Park内の他施設を視察した。同園は2012年ロンドンオリンピック・パラリンピックのために整備され、現在は再開発が進みHere Eastをはじめとした企業の集積地や、TULやUniversity College London (UCL)などの大学キャンパス、V&A East MuseumやBBC Music Studioなどの文化的施設がある。UCLも、この地の利点を生かし、ロボット工学やAIなどの分野に関するコースや研究室を同園内のキャンパスで提供している。大会が終わってから14年が経った今も敷地内に新たな施設が生まれているほか、地域住民や学生、ビジネス関係者、観光客などさまざまな人を引き寄せ、長くまちの発展を生んでいる点は特筆すべきポイントである。
園内の視察
TULが入居するHere Eastの旧プレスセンター
【所感】
TULがいわゆる一般的な大学とは異なる理論と実践を組み合わせた実務的なカリキュラムを提供していることが印象的であった。それらのカリキュラムはロンドンや英国の労働市場におけるニーズを踏まえて設定されたものであることから、英国の大学に求められる価値が多様化していることを実感した。地方自治体側からみれば、近年地域の経済成長が要請されている英国においては、TULのような大学と連携していくことは大いに利点のあるものではないかと推察される。
日本においても、質の高い実践的な職業教育を行うことを制度上明確にした専門職大学制度が2019年4月から施行されている。こうした大学と地方自治体及び産業界との連携について、TULの取組は参考になるのではないかと考えられる。
また、オリンピックという世界的イベントのレガシーが有効に活用され、多様な機関の集積につながっていることも確認することができた。こうしたレガシーの活用により、Queen Elizabeth Olympic Parkにはロンドンのほかの地区とは異なる活気が醸成されていると感じた。
日本においても地域レベルでさまざまな地域活性化施策に取り組んでいるが、その施策により生まれたハード・ソフト両面のレガシーを継承していくにあたり、ロンドンの事例は一つの参考となりうると考えられる。
TULやQueen Elizabeth Olympic Parkの動向に引き続き注目したい。
