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2011年10月24日


スピーカーシリーズ「農山村再生の課題―日本の論点:日英比較―」

1 テーマ:「農山村再生の課題―日本の論点:日英比較―」
2 日時:2011年10月3日(月)10:30~12:30
3 講師:明治大学農学部教授 小田切 徳美(ニューカッスル大学農村経済センター・客員研究員)

概要は下記のとおりです。

<日本の農村の現状>
1.21世紀以降の日本の農村部を取りまく状況
 人(過疎化、人口流出)、土地(耕作放棄)、ムラ(限界集落)の3つの空洞化が進捗している。
 これら現象面で空洞化の帰結として地域住民がそこに住み続ける意味や自分の住む地域とその文化に対する誇りを喪失する「誇りの空洞化」が進んでいる。
 「誇りの空洞化」は英国人には理解できない概念である。この住民意識は、政府や行政がどれだけ対策を講じても、解消できるものではない。むしろこれらが原因となって、施策が効果を発揮できない。
 そのうえ、地方に仕事がないため、東京への一極集中が進んでいる。

2.集落「限界化」のプロセス
 人口減少の初期は、かえって住民間の結束が高まり集落機能が強く保たれるが、限界点を突破するとあっという間に保てなくなる。
 サービス提供主体が経営を維持できず撤退する、寄合などコミュニティ機能が継続できず、消滅してしまうなどして、地域が集落として機能しなくなる。集落機能が失われても地域が無人になるわけではないため、様々な問題が残る。

3.市町村合併の影響
 市町村合併が進み、そこで生まれた大規模な地方自治体にとっては、周辺部にある自治体内の「農村」の存在が見え辛くなっている。結果として、従来はきちんと認識されていたそれらの地域が抱える問題が認識されにくくなっている。それは農山村の制度的「周辺化」(経済的周辺化→制度的周辺化)と言えよう。
 政府にとっても、分権改革による補助金の削減により、補助金申請に付随して県、国に集まっていた地域実態情報が減少し、農山村の実態が「霞ヶ関」に知られなくなってきたことも指摘できる。

<農山村再生の課題―新しいコミュニティと新しい経済―>
1.新しいコミュニティの構築―「手作り自治区」の提案
 こうした行政の目の行き届きにくくなった集落を如何に運営していくかの鍵となるのが、農山村の新しいコミュニティ「手作り自治区」であると考えている。
 手作り自治区とは、文字通り、住民の手の届く範囲での、協同組合的な活動で、集落の自治機能を担いながら、売店やガソリンスタンド、特産品開発・農村レストランなどのコミュニティを支えるための経済活動も行うもの。集落・町内会が地域資源保全を目的とした「守り」の自治組織であるのに対し、手作り自治区は「攻め」の自治組織で、集落・町内会を代替するものではない。集落・町内会と手作り自治区の重層的組織の構築が課題。

2.新しい地域産業構造の構築
 追加所得要望を世帯単位ではなく、個人単位のアンケートによって調べると月数万円という数字が出て来る。それを年間所得に直せば、36~60万円程度であり、決して実現不可能な水準ではない。女性、高齢者の手で行える小さな経済活動で実現できるものであろう(「小さな経済」)。しかし、それにはそれを支える「小さな資金循環」(地域密着型金融-コミュニティ・ファンド)が必要となる。また、そうして生まれた「小さな経済」を安定化させるためには、商品を地域ブランド化ことが必要で、それには若者の協力が必要であり、若者を農村部に呼び込む原動力になる。
 地域資源活用型から地域資源保全型経済(環境や伝統文化などの地域資源を守り継承していく、ブランド化する)へ移行することが重要。都市住民は環境保全などに関心が高いため、資源「保全」は有力な武器になる。
 マーケティングに重要なのは、「物語」。商品の背後にある伝統文化や作り手の姿勢などの物語に対する消費者の共感があって、商品が動く。(共感形成型産業)
 ファームステイ、グリーンツーリズムなど、都会と農村部の交流をサービスとして提供する。所得形成機会であると同時に、参加当事者双方にとって人間的成長の機会となる。現地で得られる体験や人的交流が観光の対象となれば、来訪客のリピーター率も上がる。
 グリーンツーリズムは「誇りの空洞化」対策に大変に有用である。農山村の住人が、自分たちにとって当たり前のもの(美しい自然、美味しい食材と伝統料理、手仕事)を、地域を訪れた都会人に素晴らしい物だと評価されることで、地域の素晴らしさを再認識し、誇りを取り戻す。これを「都市・農村交流の鏡効果」と呼びたい。

<英国の状況>
1.英国の農村
 英国の農業環境は先進国型(先進国において、農林水産業が国民経済に占めるシェアはどこも1%前後)で、日本とそれほど隔たっていない。
 大きく異なるのは、国土利用。国土が比較的平坦な英国において、国土における農用地のシェアは実に70%を超え、その中の65%は永久放牧地など、手を入れなくてもよい土地。市街を離れれば、豊かな草原が広がっており、国民の中に「原風景」として農用地がある。これが農業に対するポジティブイメージの形成に大いに役立っている。
 一方、日本の国土の原風景はと言うと、強いて言えば森林である。そのため、林業に対しては全体として国民の好感情が向けられているが、農業については「甘やかされている」等手厳しい意見が向けられがちである。

2.英国と日本の農業の対比:風景の違いが産む「農村観」
 農業革命により、農村共同体を徹底的に破壊した英国では、牧畜が盛んなこともあり、「囲い込む」農業が主体で会って、その私経済性は強い。一方、日本の農業は、稲作にとっては水利が重要であるため、同じ水源を利用している者のコミュニティとそれにより支えられるコモンズが残存している。
 1.のとおり、英国の農村景観の主要要素は農用地のうち耕地でない永久放牧地である。街を少し離れると長閑に広がる豊かな緑地が農村景観・農村環境に対する国民的関心を生み、環境農業政策に対する後押しとなっている。一方、英国農業はEUの中でも平均農用地面積が大きいため元々国際競争力を意識する考えも農業政策サイドには根強く、特にイングランドではより効率的な農業への指向性もある。これらが重層的に合わさって、英国の農業・農村政策が形成され、EC及びEUのCAPにも影響を与えた。

<英国の農村再生を巡る諸要素>
1.Counter-urbanization(逆都市化)
 1970年代より、欧米圏では都市から農村への人口還流現象が進んだ。農村での生活を望む層は環境意識が強く、環境問題に強い関心を抱いているため、農村での環境農業政策に強いプレッシャーを与え、環境保全が進んだ。また、流入者はもともと農業以外のスキルを持つ層であるため、農村部で農業以外の事業を立ち上げ、農村経済の新しい基盤を築いた。農村部の新しい経済基盤とは何も農産品を都市部に売り込むことだけではない。農村の住人を対象とした新たなサービス(パブ、理髪店、カフェなど)を提供することも立派な農村経済の活性化の一つである。これら農村マイクロビジネスのひろがりにより、「多様な(経済活動が行われる)農村」が成立した。農村は必ずしも農業だけに拠ってはおらず、すべての農村はそれぞれ異なった特徴、個性を持っている。

2.ガバナンスの問題(地方自治体の立場)
 英国における地方自治体の役割は日本のそれよりはるかに限定的である。英国の自治体は、日本人が自治体と聞いてイメージする「総合的行政主体」にはほど遠く、またそれを目指してもいない。日本においては、「ガバメントからガバナンスへ」の掛け声で、地域運営の主体を自治体単独から多様な団体(住民団体、NPOなど)による共同運営へ移行するためにガバナンス先進国である英国に学べ、という声をよく聞くが、英国がガバナンス先進国であるのは、上述の通り英国においては自治体の役割が限定的だからであり、多様な主体に拠るガバナンス以外に地域運営を行うための手段がないのが現実だからである。
 英国では、過去に農村コミュニティが徹底的に破壊されたため、農村社会に日本のような関係性の濃いコミュニティはない。新しい政権は「大きな社会(Big Society)」という政策を掲げてコミュニティ構築に勤しんでいるのは、そのことを背景としている。

<英国における農村再生の方向性> 
 これまで、内発的発展(地域内での自給自足、内需拡大による経済活性化)が地域経済維持のポイントとされていたが、グローバリゼーション下では「幻想」にすぎない。発展のためには外からの新しい発想が必要である。
 都市から流入してきた層によって逆都市化が進んでいる農村では、流入層の持つ外部とのつながりによって、人的資源の成長が促され、Capacity Buildingが進んでいる。これをニューカッスル大学農村経済センターでは、「ネオ内発的発展」と定義づけている。
 「ネオ内発的発展」の具体策の一つが、EUの農業政策の一つである「LEADER事業」である。「LEADER」とは「農村経済の開発のための活動連携」の意味で、いまやEU・CAPの4つの軸のひとつとなっている。

<日本への適用・教訓>
 日本と英国の農村の差異は、日本における、(1)自治体の強さ、(2)従来型コミュニティの存在にあったが、市町村合併により(1)が、過疎化・高齢化による「限界集落化」によって(2)が弱まるという英国化が、一部で、特に農山村地域では進行している。また、(3)日本でも兼業化、混住化により、農村は再多様化(画一化は「稲作化」によるものであり、明治期までの農山村は元来多様)し、英国の農村部で非農業従事者が増え、経済の態様が多様化していることと対称関係にある。
 以上から、総じて英国農村の挑戦は、日本の農村にも当てはまると言えるが、依然、決定的な相違点として国民の農村観が残る。
 英国において、農村、田舎に対するイメージは常にポジティブで、国民の関心も高いが、日本人の中には様々な経緯から、農村、農業への関心が薄く、また時にはバッシングの対象となる。国民の中に農村、農業に対するポジティブイメージをどう醸成していくかは、農業・農村のみならず、日本の新しい社会を切り拓くカギの一つである。


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